政教分離についての大きな誤解 [放言]
とある地方議会の委員会質疑で「職員が神社
で玉串奉奠をしていたのは憲法に定める政教
分離に違反している!」と主張している議員
が居た。とんでもない誤解である。
玉串奉奠などの行為=違憲、ということには
ならない。
そもそも、憲法の政教分離の原則は、戦前の
国家神道による他の宗教への弾圧と、国民へ
の国家神道信仰の強制を受けて、そうした政
治による思想や宗教の押し付けを反省して規
定されたものである。だから、小泉純一郎首
相が靖国神社の真榊料を納めて参拝した行為
について、「違憲」という判断が下ったので
ある。国家神道のまさに先鋒的存在であった
神社に、現職(だった)総理大臣が参拝する
という行為自体を、政治の宗教への介入と見
たのである。
ところが、前出の玉串奉奠は地域の鎮守様の
祭礼に参加した職員が行ったもので、しかも
彼らは懇親会である直会に出るためにその祭
礼に赴いたのである。それを「政教分離に違
反」というのは言いすぎだろう。
私たちの生活の中には、正月に餅を食べるこ
と、おせちを食べることから始まり、雛祭り、
端午の節句、クリスマスに到るまで、宗教に
由来するさまざまな行事が存在する。そうし
た「世俗化」した行事までを政教分離の対象
にしているものではない。現に、現在の通説
である「津地鎮祭大法廷判決」は、玉串奉奠
を含んだ地鎮祭そのものを世俗化した行事と
しており、違憲とは判断していない。
こんなことも知らずに、一方的な思い込みで
地域と懇親を深めようとした職員たちを貶め
る、そんな議員は辞表を書け。
で玉串奉奠をしていたのは憲法に定める政教
分離に違反している!」と主張している議員
が居た。とんでもない誤解である。
玉串奉奠などの行為=違憲、ということには
ならない。
そもそも、憲法の政教分離の原則は、戦前の
国家神道による他の宗教への弾圧と、国民へ
の国家神道信仰の強制を受けて、そうした政
治による思想や宗教の押し付けを反省して規
定されたものである。だから、小泉純一郎首
相が靖国神社の真榊料を納めて参拝した行為
について、「違憲」という判断が下ったので
ある。国家神道のまさに先鋒的存在であった
神社に、現職(だった)総理大臣が参拝する
という行為自体を、政治の宗教への介入と見
たのである。
ところが、前出の玉串奉奠は地域の鎮守様の
祭礼に参加した職員が行ったもので、しかも
彼らは懇親会である直会に出るためにその祭
礼に赴いたのである。それを「政教分離に違
反」というのは言いすぎだろう。
私たちの生活の中には、正月に餅を食べるこ
と、おせちを食べることから始まり、雛祭り、
端午の節句、クリスマスに到るまで、宗教に
由来するさまざまな行事が存在する。そうし
た「世俗化」した行事までを政教分離の対象
にしているものではない。現に、現在の通説
である「津地鎮祭大法廷判決」は、玉串奉奠
を含んだ地鎮祭そのものを世俗化した行事と
しており、違憲とは判断していない。
こんなことも知らずに、一方的な思い込みで
地域と懇親を深めようとした職員たちを貶め
る、そんな議員は辞表を書け。